親の認知症対策としての成年後見の手続き 相続や認知症対策についてYOUTUBE動画 一般社団法人 日本想続サポートセンター
お問い合わせはこちらから

権利の窓

2006年06月27日 民法入門17 「思い過ごしも恋のうち、ではなく無効です」

法律行為 意思表示 錯誤 ―民法入門17―
「思い過ごしも恋のうち・・ではなく無効です」

今回のお題は錯誤、要するに勘違いです。人は時に物事を正確に把握せず、それに基づいた誤った判断をくだしてしまいます。
「あの子は俺のことを毎日のように見つめてくる。きっと・・・」(以後の展開は割愛)
このような苦くても甘い勘違いならまだいいのですが、冷や汗をかくだけの勘違いもあります。筆者も先日・・・。話が脱線してもいけませんので、そろそろ本題に入りましょう。

さて、我が国の民法は95条において、「意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする。」と規定しています。
法律行為の要素に錯誤があるとは、裁判所の見解を引用するところ「合理的に判断して錯誤がなければ表意者が意思表示をしなかったであろうと認められる場合」を指します。
具体的な例をあげるなら、食器の皿だと思って灰皿を買ってしまったような場合です。これは誰の目から見ても、もし最初から灰皿だと分かっていれば購入しないのは明らかです。

難しいのは「動機の錯誤」と呼ばれるもので、外見的に見て何らの錯誤も存在しないが、その法律行為をしようと思い至った動機に勘違いがある場合です。
上記の皿の例えを多少改変してみましょう。今度は食器の皿を買おうと思い、現に食器の皿を買いました。その皿を買ったのは色が気に入ったからでなのですが、家に帰って見てみると、さほどのものではない、原因は店の照明の具合だった、というようなケース。かような場合がまさしく動機の錯誤にあたります。
この場合、食器の皿を買うつもりで、事実食器の皿を買ってていますので、外見的に見れば何らの錯誤も存在しません。しかし色にこだわる人であるなら、それは立派な「要素の錯誤」と言えそうです。ではこのケース、果たして無効となるのでしょうか。
結論から言えば、無効とはなりません。上記の例の場合、なるほど色にこだわる人にとっては重大な勘違いですが、こだわらない人にとってみれば非常に些細なことに過ぎません。
動機は人によって多種多様ですので、先ほどの裁判所の見解「合理的に判断」というのが難解、というより不可能に近いといえるでしょう。

似たような話として、現在熱狂的盛り上がりを見せる(筆者がこの稿を執筆している現在、日本の予選突破はほぼ絶望的でいささか盛り下がってきていますが)、サッカーの国際大会(正式名称を使用すると使用料を取られるとのことですので敢えてこう表記します)の観戦ツアーを申し込んだが、結局企画した会社がチケットを用意できなかった、といったケースの場合、ドイツに行く動機に錯誤があるに過ぎないので無効とはならないのでしょうか。
ここで、動機は意思表示の際に相手方に伝えておけば法律行為の要素となりえる、というこれまた裁判所の見解をご紹介しておきましょう。
某大会の観戦ツアーと銘うたれた旅行に申し込んでいる以上、動機の表示有りといえますし、無効になる可能性が高いでしょう。
また、某大会の観戦は単なる動機にとどまらず、目的そのものと言っても差し支えないですから、もともと法律行為の要素に錯誤有りという見方も可能でしょう。
ただ、現実には、一般常識的に考えて、ツアー会社から払い戻しを提案してくるでしょうから、さほど心配する必要はないかもしれませんね。

最後に、このいわゆる「錯誤無効」はいついかなるときでも適用されるわけではありません。民法95条には但し書きがありまして、そこには「表意者に重大な過失があったときは、表意者は、自らその無効を主張することができない」と表記されています。
重大な過失ある錯誤とは、ほんの些細な注意を怠ったが故に勘違いをしてしまった場合を指します。ほとんどの人がしない勘違いをしてしまった場合と言ってもいいでしょう。誰からみても有り得ない勘違いを理由に法律行為を錯誤にするのは、むしろ相手方に酷であるという考え方に基づきます。いささかの不注意による勘違いに関しては無効を許容する、我が国の民法のバランス感覚の妙を感じることができますね。

さて、あとはこの稿の内容が「勘違い」でないことを祈るのみ・・・。お後がよろしいようで。

(作成者 佐野 晋一)